東京高等裁判所 昭和34年(ラ)881号 決定 1960年3月21日
抗告人 鈴木むら
相手方 須川晋次
主文
本件抗告を棄却する。
理由
抗告代理人は、原決定をとりけす、相手方の執行方法に関する異議の申立はこれを却下する旨の裁判をもとめ、その理由として別紙のとおり主張した。
当裁判所は相手方の異議申立を認容すべきものと判断するものであつてその理由は、つぎのとおりつけくわえるほか原決定の理由にしるすところと同一であるからこれを引用する。
一、本件のようないわゆる占有移転禁止の仮処分命令が裁判所によつて発せられた場合、執行吏はみぎ裁判の執行をするにあたり仮処分債務者が果して目的物件を占有しているかどうかを調査しなければならないこと勿論であるが、その判断は一応の判断にとどまるべきもので、窮極の認定はもとより本案の裁判所においてなさるべきものであることはいうまでもない。ことに本件の場合のように債務者が目的の家屋において、一見他の占有者とともに営業的行為をしているとみとめられる場合はその債務者の家屋占有が独立のものか、単なる補助的従属的占有にすぎないかを判定することはすこぶる徴妙で困難なものといわざるを得ない。このような場合執行吏としてとるべき態度は明かに独立の占有とみとめられない事実、たとえばその債務者が主たる占有者の命令のままに動く単純な使用人とか、主たる占有者の保護により生活する家族であることがはつきりしているならば格別さもないかぎり一応独立の占有者とみとめて裁判の執行をなすことが正当と考えられる。
二、抗告人はその抗告理由で原決定の認定を攻撃しているものであるが当審で抗告人が提出した証拠によつてはいまだ抗告人が本件建物を占有していないことを認めがたく、原決定の引用する証拠に相手方提出の足立簡易裁判所昭和三四年(ハ)第一一二号事件の中園太七にたいする証人調書(写)、同裁判所書記官有馬俊雄作成の証明書をあわせると相手方鈴木むらが本件建物の一部を占有していることを一応みとめることができるものといえる。
以上の次第で本件抗告は理由がないから主文のとおり決定する。
(裁判官 牧野威夫 谷口茂栄 満田文彦)
抗告の理由
一、原決定の理由に依れば「被申立人(抗告人)が本件建物においてかつて自己の用いた『銀座堂』なる商号を用いて清水しげ子と共に古物商を営み、自己の名義をもつてその事業所得税の申告、納付をしていることが認められるので、被申立人は清水しげ子と共同して本件建物を占有使用しているものというべきであつて単なる清水しげ子の使用人として補助的に本件建物を使用しているもの、あるいは本件建物を全く占有使用していないものとは解し難い」云々として「須川晋次の委任した東京地方裁判所執行吏は鈴本むらに対し足立簡易裁判所昭和三四年(ト)第二三号仮処分決定の執行をしなければならない」との決定を為したけれども右は事実の誤認によるものであつて抗告人は左記理由に依り全然占有していないのである。
二、古着商の抗告人は昭和三十三年九月門倉八百一に清水しげ子がその夫徹治は三輪車並に乳母車の商売をしていたが昭和三十年四月二十九日死亡したので車を配達する人がなくなり商売不振となり女手一人で子供二人を抱え生活が困難となりし為古着商に商売替えをしようとしたが全然経験がないので誰れか商売を教えて呉れる人がないかと云つているが、清水しげ子を手伝つてやつてくれないかと紹介されたものである。
三、抗告人は肩書地に於て永年古着商をしておるので右紹介に依り一ケ月三千円の給料にて昭和三十三年十月より清水しげ子方に時折行つて商売の指導をすることになつたのである。
四、右清水しげ子は昭和三十三年十月東京都公安委員会に古物商の許可申請をしたが自元調査等の関係あり漸く昭和三十四年二月十六日許可となり現在足立区千住二丁目五十四番地に於て営業をしておるので抗告人が営業主でもなく従つて独立の占有者でもない。
五、被抗告人が提出している「銀座堂」と書いた受取書は清水しげ子の処に時折手伝に来る杉本伸枝が書いたもので清水しげ子が右杉本と商売の名前を何んとしようか等と相談したことあり其折「銀座堂」という名前がよいではないか等と話されたことありその為め前記杉本が抗告人の留守中前記の受取を書いたものである、従つて抗告人は全然知らない。
六、被抗告人が提出している抗告人の課税証明は高芝弁護士が昭和三十四年十月二十一日足立税務事務所に抗告人の代理と称して貰つて来たもので右証明書中「事業所千住二丁目五四清水方」と記載されているのは当日高芝弁護士より申告されてそれを税務事務所が軽卒に信じ住所千住三丁目四九番地とある部分を赤線で抹消して当日公簿を訂正したものである。又証明書中「氏名鈴木むら<印>とあるが鈴木むらの印は押捺されていない。
七、右の事実は抗告人と抗告代理人が昭和三十四年十一月四日午后三時に足立税務事務所長と面接事情を尋ねた結果判明したもので税務事務所長は卒直に職員の過りであることを認めておつた。従つて右課税証明は事実と相違するもので抗告人は足立区千住二丁目五十四番地家屋番号同町五十四番木造瓦葺平家店舗一棟建坪二十三坪三合三勺の内旧国道に向つて右側の約六坪を占有しておるものではなく清水しげ子が営業占有しておるものであるから原決定の取消を求むる次第である。